名古屋高等裁判所 昭和52年(ネ)359号 判決 1979年6月27日
控訴人 小出美與子
右訴訟代理人弁護士 伊藤宏行
同 青木俊二
同 鈴村昌人
被控訴人 平岩貞子
右訴訟代理人弁護士 尾関闘士雄
主文
原判決を取消す。
被控訴人は控訴人に対し別紙目録記載の各土地につき名古屋法務局広路出張所昭和三九年五月二八日受付第一一二三七号をもってなされた根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴人は主文同旨の判決を求め、被控訴人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上、法律上の主張並びに証拠関係は、左記一ないし三のとおり付加するほか原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。〔ただし原判決二枚目表三行目から同五行目までを「1別紙目録記載の各土地(以下本件土地という)は、もと訴外牧義一の所有であったが、昭和四一年一〇月一八日同人から訴外中島銀松がこれを買受け、次いで昭和四四年三月三一日控訴人が右中島からこれを買受け、その所有権を取得した。」と訂正する。〕
一、控訴人の主張
被控訴人主張の杉原進一が有していた債権の債務者は新興商事有限会社および新興商事株式会社であって牧義一ではない。仮に杉原が牧に対し被控訴人主張のような債権を有していたとしても、右両名は業として金銭消費貸借をしていたので、右の貸金債権は商事債権である。したがって、被控訴人主張の各債権の内(1)の七五万円の債権は昭和四五年四月一一日、同(3)の二五万円の債権は昭和四八年六月一八日、同(4)の一五万円の債権は同年同月二三日、同(5)の二五万円の債権は同年七月一八日、同(6)の一五万円の債権は同年同月八日いずれも時効により消滅したので、控訴人は昭和五二年一〇月三日の本件口頭弁論において右時効を援用した。よって、いずれにしても本件根抵当権の被担保債権は存在しない。
二、右主張に対する被控訴人の答弁
杉原進一も牧義一も本件金員の貸借当時、業として金銭消費貸借を行っていたものでなく、本件貸金債権は商事債権ではないから、時効により消滅していない。
三、証拠<省略>
理由
一、<証拠>によると、本件土地はもと牧義一の所有であったが、昭和四一年一〇月一八日同人から中島銀松が買受け、次いで昭和四四年三月三一日同人から控訴人が買受けてその所有権を取得したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
そして、本件各土地につき昭和三九年五月二八日杉原進一のため控訴人主張の根抵当権設定登記がなされていること及び右杉原が昭和四四年六月一九日に死亡し被控訴人が相続によりその権利義務を承継したことは当事者間に争いがない。
二、そこで被控訴人の抗弁について判断する。
(一) 官署作成部分については当事者間に争いがなく、その余の部分については<証拠>によると、被控訴人主張のとおりの内容の根抵当権設定契約が杉原進一と牧義一との間に結ばれた事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(二) しかしながら、右契約に基づいて杉原が牧に対し六回にわたり金員を貸付けた旨の被控訴人主張の事実については原審及び当審証人杉原勝博の証言中、右主張にそう部分はたやすく採用しがたく、ほかに右主張事実を認めるに足りる証拠はない。かえって、<証拠>によると、杉原が右の金員を貸付けた相手方は牧ではなく同人が代表者をしていた訴外新興商事有限会社及び新興商事株式会社であったことが認められる。
被控訴人は、右両会社は牧義一の個人会社であって法人格は全くの形骸にすぎないから法人格否認の法理により右両会社の右債務につき牧義一に支払義務がある旨主張するので、以下この点について検討する。
<証拠>によると新興商事有限会社は昭和三一年一二月二八日設立され、昭和四四年二月一二日解散したものであり、また新興商事株式会社は昭和四二年二月一六日設立され、昭和四四年一月一五日解散したものであるが、ともに金銭貸付等を目的とする会社であって牧義一が代表取締役であり、前者の資本金は金一五〇万円、後者の資本の額は金三〇〇万円であったこと、新興商事有限会社の取締役には牧義一の子である牧隆、義一の弟である牧正治が就任しており、牧隆は右会社の取締役に就任していることを当時知らなかったこと等が認められる。しかし、右各会社の財産及び収支と牧義一個人の財産及び収支とが混同されていたとか、会社業務と牧義一個人の営業が区別されていなかったとかの事実までを認めるに足りる証拠はないから、右各会社の法人格がまったくの形骸であるとすることはできず、法人格否認の法理を適用して、右各会社の右債務につき牧義一にその支払義務を負担させることはできないといわねばならない。
三、前掲牧隆の証言によると、牧義一は昭和四四年三月九日死亡したことが認められるところ、右死亡後、杉原進一と当時の本件土地の所有者である中島銀松との間において本件根抵当権を確定させないで存続させる旨の合意がなされた事実は認められないから、右死亡により牧義一と杉原進一の前記根抵当取引は終了し本件根抵当権は確定したものと解すべきである。そして右確定時において本件根抵当権の被担保債権の存在しなかったことは前認定のとおりであるから、杉原の承継人である被控訴人に対し本件根抵当権設定登記の抹消登記手続を求める控訴人の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく正当として認容すべきである。
四、よって右と趣旨を異にする原判決は失当であるから取消し、控訴人の本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 秦不二雄 裁判官 三浦伊佐雄 高橋爽一郎)
<以下省略>